第十七回　秋空の下、文化の香りにつつまれて「大和文華館」

並ぶ美術館の標示　10月も下旬だと言うのに澄みきった青空のもと、あたり一面にはまだ晩夏の雰囲気が漂う。駅（近鉄奈良線・学園前駅）から南へ下るとほどなく大きな矢印の看板が目に入った。看板には近くに点在する三つの美術館(＊1) の名前が掲げられてある。文化の香りにつつまれた穏やかな風が、この街には流れている。美術館への道には古美術商や画廊が店を構え、小綺麗に飾られた作品達が粋な挨拶を交わしてくれる。
　ほどなくして現れた緑豊かに茂る正門が、ゆったりと来館者を迎えてくれる。なだらかな小路を上がると目の前がひらけ、綺麗な“なまこ壁”の正面入口が目に飛び込む。ここ「大和文華館」は近畿日本鉄道の創立50周年を記念し、1960年に開館。当時の社長の意をくみ、国際的な視野を持った美術史家・矢代幸雄氏（初代館長）が“自然との調和”を掲げながら「東洋美術」の施設を吉田五十八の設計建築により完成させている。2010年には開館50周年を迎え、より魅力的な鑑賞のための整備がなされてきた。

大和文華館の銘板　今、「大和文華館」では『清雅なる仏画展』（〜2012.11.11）が開催されており“白描図像が生み出す美の世界”を、平安・鎌倉時代の絵仏師や優れた画技を持つ僧侶たちによって描かれた作品を中心に仏の姿や形を単なる転写に留めず構図や表現にまで新たな影響を与えた点等を見極めながら、重要文化財等の作品群をゆったりと観覧することができる。その雰囲気を盛り立てるように、展示場の中央には竹の植え込まれた中庭が設けられ、優しい自然光による展示空間への配慮がなされ、テラスの先に見える池の向こうには遥か大和の山並みを望みながら、心いやす風景が広がる。
　私がこの美術館を初めて訪れたのは1981年の5月である。名所旧跡を訪ねながら何度も歩いた奈良市内にあって、清々しい近代的な東洋美術作品の展示施設と展示内容に魅了された。その年9月には再度訪問の機会を持ちながら、“婦女遊楽図屏風（松浦屏風）”や“呂洞賓図”鑑賞の後に一目散で「大和文華館友の会」の会員登録を済ませた事を思い出す。その後美術館は様々な工夫や努力を繰り返しながら今日に至っている。当時届けられた季刊「美のたより」や高い評価の美術研究誌「大和文華」がより充実されていると聞く。美術普及活動の一環として開催の様々な価値ある講座・講演を拝聴させていただいた事もある。自然との調和のなかで“文華苑”と呼ばれる館の周囲が四季折々の花々で満たされる姿に、季節との同化や安らぎの機会もいただいた。オリジナルグッズで益々充実していくミュージアムショップの魅力にも驚かされる。

ショップには素敵なオリジナルグッズが　この「大和文華館」では、優れた作品をより良い状態での展示の努力や来館者の快適な鑑賞への雰囲気作りの配慮など、みごとなまでの“おもてなしの心”がそこここに見てとれる。これも企業（近鉄グループ）として文化事業支援への地道な努力と企業風土に根差した活動の浸透による成果であり、地域住民にとって安寧の源泉に辿り着くような思いがする。昼下がりの心地いい時間と空間のなかでの鑑賞を終え、爽やかな気持ちに満たされながら、静かに咲く赤い芙蓉の花に別れを告げた。
　できるものならすぐ近くに、満たされた鑑賞の余韻を噛み締められる“ちょっとした小粋な蕎麦屋さん”か“開放的な雰囲気の洒落た珈琲店”でもあれば嬉しい限りだと思いながら、のんびりと陽光の中を駅に向って歩き出した。
（＊１）→ 大和文華館、松伯美術館（第８回に掲載済み）、中野美術館

瀟洒な“なまこ壁”の映える正面玄関

テラスから窓越しにはるか大和の山並みを臨む

1981年9月入会時の「大和文華館 友の会」会員証