第二十四回　秋風の立ち始めた京都。魅力再発見「清水三年坂美術館」

企画展「刺繍絵画の世界」チラシ 　暑すぎた夏が少しずつ収まりだした。明け方には耳元で心地のいい秋風の声を聞いた。ようやく厳しい夏から脱出できる。改めて、はっきり感じられる日本の季節の変化に「ほっ」との思いがする。しかし、ゆく夏を惜しみながら疲れ切った心と体を慈しむ、あの想いにはまだほど遠い昼下がりである。東山の向こうに真っ白な入道雲を見つけながら京都・五条坂を上った。ぎごちない浴衣姿の女性達が群れをなす。あちこちから中国語が聞こえてくる。今中国からのツアー客が浴衣を借りながら京都の街を歩くイベントが人気だと言う。市民交流の中に文化を理解し、国同士の相互理解への道が拡がるのなら、ほんの一握りの行為であろうと暖かなエールを送りたい。
　清水寺へと続く五条坂の中ほどを、左に折れると三年坂を下る石段が見えてくる。わかりにくい脇道だが、観光行政の下で綺麗に整備された素敵な坂道である。まだ残る暑さのせいか、行き交う人がまばらになる。両側に軒を連ねるお土産屋の雰囲気も洗練された都会的な建物と小奇麗なみやげ品とで、おそらく多くの観光客を惹きつけていることだと思う。

三年坂付近 　坂をくだり、なお続く観光目当ての店舗の中に一見見逃しそうな瀟洒な佇まいの邸宅風空間が現れた。「清水三年坂美術館」の正面入り口である。ここで8月23日から企画展『刺繍絵画の世界』が始まった(～2013.11.17)。明治時代、京都では大きな呉服商を中心に絹糸の刺繍で描かれた絵画作品が大量に輸出されていた。まだ工業製品を持たない日本で蒔絵、金工、陶磁器、七宝等と同様にそれらは外貨獲得の手段であった。その刺繍絵画は京都画壇の画家達に依頼の下絵を基に制作され、絹糸の持つ独特の輝きは欧米の王侯貴族たちを魅了し、多くの作品が輸出されたが退色や虫にやられて消失。今回はわずかに残された数点の名品が里帰りし2階に展示されている。もちろん1階の常設展示には地味ではあるが幕末・明冶期の素晴らしい金工、七宝、蒔絵、京薩摩等の名品が整理展示されている。

美術館正門付近 　そもそも明治政府が富国強兵策の一環で外貨を稼ぐ手段として日本の美術工芸品を明治初期の万国博覧会に出展し好評を博し、ヨーロッパにジャポニズムブームが巻き起こっている。特に当時の帝室技芸員(現在の人間国宝)の超一流の作品類は日本の美を広く伝える装飾された名品として高く評価され海外へと流出していった。一方、日本人の嗜好は欧米文化に傾斜してゆき、これらの優れた美術工芸品に対する国内需要は減少し、衰退の一途をたどっている。
　この「清水三年坂美術館」の存在自体を知っていただきたい。江戸末期から明治時代に作られた日本の美術工芸品を中心に展示されている数少ない美術館である。1階常設展の展示作品を鑑賞するだけでも、オーナーであり館長の村田氏の美に対する意識が溢れんばかりに伝わってくる。村田館長が20年ほど前にニューヨークで出会った明治期の美術品との感動の時、会社生活と決別し納得のいく美術品の中に身を浸して生きる決意。そしてこの美術館を立ち上げてから今年で12年目を迎える。今、美術館の運営のみならず美術研究書の発刊や講演活動など日本の美術工芸品に対する、その情熱の深まりと拡がりは止まるところを知らない。

館内ショップ 　若き日の想いを実現させた館長の意欲のほどを質の高い展示作品群に見て取った。これからも魅力的な作品を通じて、あの幕末から明治にかけて活躍された素晴らしい工芸技術者たちを想いながら、ふたたび当時を凌ぐ魅力ある作家たちが「活躍されるいつか」に夢を紡いでいることだろう。おそらく幕末・明治期の日本の美術工芸品の世界を行き来しながら、本当の美の世界へ多くの皆様をいざなうことを誓っておられるのだと思う。振り返れば村田館長の決意と志ある生き方、そして知識だけではなく力強いその行動に私は魅せられた。

＜過去の企画展の一部を紹介＞