第二十五回　開放された、文化の息吹を感じながら「和泉市久保惣記念美術館」

玄関脇の垂れ幕 　大阪・難波から南海電鉄経由で泉北高速鉄道終点の「和泉中央駅」に降りた。晩秋である。真っ赤に色づいた落ち葉が風に舞う。駅からは全国系列のスーパーや電気店、コンビニ、ベーカリー等が見える。都会の雰囲気の中に在りながら、それでも郊外の柔らかな自然の匂いが流れている。10分足らずのバスは「久保惣美術館前」が終点になる。綺麗に手入れの施された外観。その落ち着いた佇まいが来場者への無言の歓迎の言葉を伝える。

風格ある正面玄関 　正面から見る清潔そうな和風の玄関が「どうぞ、どうぞ」と入場を呼び掛けてくれている。この「和泉市久保惣記念美術館」は1982年に開館。明治以来、地元で綿織物業を営まれた久保惣株式会社から、敷地・建物とともに500余点におよぶ美術品の寄贈による。現在では、その後の寄贈も加わり国宝・重要文化財も含め、収蔵作品数は約11,000点におよび開館以来今日まで、日本や中国の東洋の美術品を中心に、来館者の心を魅了し続けている。それはまぎれもなく、久保惣株式会社創業の久保一族の“地域文化の発展と向上”を願った感謝の具体化以外の何物でもない。私自身数回の観覧の機会をいただいてきたが2006年に加えられた1,500余点の保存状態のすぐれた浮世絵版画には感動に立ちすくんだことを思いだす。

新館回廊から蓮池を望む 　今、「和泉市久保惣記念美術館」では特別展『単彩画-ひとつの色の多彩な世界』(～2013.12.1)が本館にて開催されており、多色によるあるがままの色彩表現とは別に色彩の単純化の中で表現された作品群が鎌倉時代から明治期まで展示され、あわせて関連した中国・朝鮮の作品等100余点が黒・金・朱・藍などに区分され展示されている。もちろん作品のなかには腐心して集められた重要文化財を含めて、全国の博物館・美術館・資料館、個人蔵等沢山の魅力ある作品群が並ぶ。一方、受付の横にある新館ではボリューム感のある中国の陶磁器や金工類の作品群やモネ・ルノワール・ピカソなどの西洋近代美術品が丁寧に心地よく配置されている。おそらく初めて訪れた美術愛好者には、それぞれの会場ごとに仕切られた展示作品の中に、かつて見学したことのある様々な博物館や美術館の観覧履歴が重なり、懐かしい思い出が続々と脳裏をかすめ、心地のいい妙な余韻の中にひと時を過ごされた方も多数おられると思う。

ゆったりとした本館ロビー 　気分転換の面白さを見せてくれた新館の先に続く、手入れの行き届いた庭先の池には睡蓮が浮かぶ。新館へと誘う小路の先には夕日に照らされた市民ギャラリー館の白壁が映える。そばのこじんまりした竹林が風にざわめく。市民ホール館のポスターが近々の華やかなコンサートを告げる。大和瓦で葺いた切妻屋根を生かした数奇屋風の本館のゆったりとして大きなロビーや所々に配置されたソファーやイスが、美術愛好者へのさりげない配慮を語っている。奥の庭先には風流な茶室があり、場合によっては亭内を拝見する機会にも恵まれる。

茶室にかかる太鼓橋 　この奥行きのある素晴らしい美術館には「美しいもの」と「美しいとき」が混在している。それは心を癒しながら、体までも癒し続けてくれる本当の安らぎの場の提供があり、限りなく広がる感性の快気に身をゆだねることになる。ここに用意された空間はおそらく提供された“久保一族”の地域への感謝の念と、さりげなく配慮された施設の職員の誠意が訪れる人達に期待以上の実りを手中に納めさせ、それらが爽やかな喜びとなり、豊かなハーモニーとなって建物全体を駆け巡っているような気がしてならない。何度訪れてもこの「和泉市久保惣記念美術館」を後にする時、文化の息吹を感じながら夕日に染まった玄関前の白壁を何度もなんども振り返えることになる。

＜過去の展覧会チラシ＞