世界遺産活動・未来遺産運動

第2回白神山地[1993年 自然遺産]

白神山地_1993年_自然遺産

■PROFILE
白神山地世界遺産地域巡視員
佐藤 英樹さん
松田 健雄さん

●佐藤 英樹(さとう・ひでき) 写真右
1951(昭和26)年8月、青森県木造町(きづくりまち)(現つがる市)生まれ。津軽広域水道企業団西北事業部木造浄水場勤務(つがる市派遣)。東北森林管理局の白神山地世界遺産地域巡視員を務める。津軽人文・自然科学研究会監事。
●松田 健雄(まつた・たてお) 写真左
1952(昭和27)年1月、青森県尾上町(おのえまち)(現・平川市)生まれ。平川市文化センター館長。佐藤さんとともに白神山地世界遺産地域巡視員を務める。津軽人文・自然科学研究会理事。青森県ユネスコ協会理事。

■深い渓谷と広大な森に魅せられて

横倉沢の魚止めの滝上部を流れ落ちる40mの大滝
横倉沢の魚止めの滝上部を流れ落ちる40mの大滝

 「私にとって白神山地は、かけがえのない存在。完全に魅了されています」と語るのは、青森県つがる市の職員、佐藤英樹さん。登山歴は長かったものの、初めて白神山地に足を踏み入れたのは1999年のこと。青森県ユネスコ協会主催の白神山地自然体験セミナーで、当時、日ユ協連理事だった故・木田貴郷氏に声をかけられ、森林インストラクターを務めたのがきっかけだった。以来、白神の魅力にとりつかれ、現在は東北森林管理局の委嘱を受け、白神山地世界遺産地域巡視員となって5年目となる。「白神といえば、誰もが広大な森を思い浮かべますが、実際にはいくつもの渓谷と森から成っています。大小の沢が集まって清く澄んだ川となり、上流にはたいてい“魚止めの滝”(魚がそれ以上遡れないほど高低差のある滝)がある。それらをつないでいるのが森です。深い渓谷と広大なブナの森、白神の魅力はこれに尽きます」。
一方、上述の自然体験セミナーで佐藤さんと出会い、ともに世界遺産地域巡視員としてチームを組むのが、青森県平川市で公務員を務める松田健雄さんだ。巡視は年平均十数回に上るが、行くたびに新たな魅力を発見するそうだ。「春はブナの新緑と花々、夏はむせるような緑と清冽な渓流、秋は紅葉と実り豊かな森、雪に閉ざされる冬も、じっと耐える巨木の姿に胸を打たれます。今日行って、明日行ってもまた違った顔があるんです」。
山行には危険が伴うため、巡視は必ずふたりで行う。佐藤さんと松田さんは、ともに山に向かうたびに、白神の虜となっていった。

■自然を脅かすゴミ、焚き火、密漁

 13万haもある広大な白神山地の中で、原生林的なブナ林で占められる約1万7000haが世界遺産として登録されている。遺産地域の自然環境や生態系を守るため、入山者への啓発・指導を行うのが巡視員としての主な仕事だ。具体的には、ゴミの持ち帰りの指導、高山植物などの盗掘防止・森林被害防止、指定ルート以外への立ち入り防止、釣り人に対する禁漁への協力依頼などである。ペットボトルやレジ袋といったゴミのほか、ときには鉈で木の幹に傷をつける“鉈目被害”や、遺産地域内で禁止されている焚き火の跡を見つけることもある。なかでも、釣り人のマナーはとくにひどいという。
「遺産地域はいま、すべて禁漁になっているのに、相変わらず釣りに来る人が後を絶ちません。ゴミもひどい。釣り糸、釣り針、魚を入れるビクまで捨ててあったことがあります」と佐藤さん。「2年前には、直径5~6センチのバッコヤナギとヤマモミジの不法伐採被害があり、マスコミでも報道されました」というのは松田さんだ。伐られた理由はわかっていないが、生えていた場所からみて、釣り竿を振り上げるのに邪魔だったのではないか、と考えられるという。とはいえ、仮に現場で釣り人と出会っても、協力を要請することしかできない。「警察権のない我々にできるのは、ただ『釣りはやめてください。協力してください』とお願いすることだけ。それが、巡視員のいちばんの課題であり弱点だと思います」と、声をそろえる。

■地元で培われてきた自然保護の精神

太夫峰前衛峰から白神山地の最高峰、向(むかい)白神岳(1243m)を望む
太夫峰前衛峰から白神山地の最高峰、向(むかい)白神岳(1243m)を望む

 白神山地には、世界遺産登録のずっと前から、住民による自然保護の長い歴史がある。1978年、青森県西目屋村と秋田県八森町(現八峰町)との峠道を結ぶ青秋林道計画が持ち上がった。これに対して、秋田県自然を守る会と秋田県野鳥の会、青森県自然保護の会と日本野鳥を守る会弘前支部が、それぞれ県に建設中止の要望書を提出。以来、林道建設に反対し原生林を保護しようとする運動は全国的な盛り上がりとなり、ついに林野庁が白神山地を森林生態系保護地域に指定するまでに。結果、1990年に林道建設は中止に追いやられた。この粘り強い住民運動が、3年後の世界遺産登録に結びついたのはいうまでもない。
白神の自然は、住民たちの手で守られた。そのことを生涯にわたって訴えた人がいる。青森県ユネスコ協会理事を経て、津軽人文・自然科学研究会会長を務めた故・木田貴郷氏である。佐藤さんと松田さんはこの研究会の会員でもあり、植樹ボランティアなどの活動をいまも続けている。木田氏は、白神山地が世界遺産登録に至った経緯が大切だとし、民間の力で白神の自然を守っていく意義を繰り返し説いたという。
「30年くらい前までは、日本中に森がいっぱいありました。でも地域開発が進み、気がついたらほとんどの森がなくなっていた。そんな中、白神の森は住民たちの運動によって残ったんです。いまも白神から流れる水を自分たちは飲み、その水が津軽の穀倉地帯を潤し、海の恵みとなって漁師さんたちも恩恵を受けています」と松田さん。世界遺産になったことで、森の果たす役割を広く理解してもらえるようになったという。
現在、核心地域(※注1)への入山は秋田県が全面禁止、青森県は指定27ルートのみとなっている。「ただし、指定ルートといっても登山道が整備されているわけではなく、沢の徒渉など険しい山歩きとなります。一般の方にはおすすめできません。それでも山に入る場合は、必ず入山届けを出して、天候に十分注意し、マナーをきちんと守ってください」と松田さんは訴える。この指定ルートをさらに縮小し、入山者も調査・研究・管理関係者に限定すべき、と考えるのは佐藤さんだ。「その代わり、木田前会長が『森を育てるにはある程度、人が手助けしてやる必要がある』といっておられたように、緩衝地域(※注2)については必要最小限で歩道や標識の整備を進め、子どもたちの環境教育や自然観察の場として部分的に拡充してはどうかと思っています」。
巡視に入ると、必ずといってよいほどゴミを見つける。また、さまざまな立場の人が関わっているため、遺産地域の保護が一筋縄でいかないのも事実だ。それでも「一人ひとりに、森の大切さをわかってほしい」――。かつて白神の森を救ったこの思いを胸に、佐藤さんと松田さんの地道な活動が続く。

※注1 核心地域/世界遺産の資産の本体となる区域で、森林生態系保護のため、人為的な行為が厳しく制限されている場所。
※注2 緩衝地域/核心地域の保護のため、その周囲に設けられる利用制限区域。

※本内容は日本ユネスコ協会連盟の承諾のもと、転載しています。

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