世界遺産活動・未来遺産運動

第3回 法隆寺地域の仏教建造物[1993年 文化遺産]

法隆寺地域の仏教建造物[1993年 文化遺産]

■PROFILE
法隆寺管長 大野 玄妙さん

 1947年大阪に生まれる。‘70年龍谷大学文学部卒業。‘72年同大学大学院修士課程修了。‘77年福生院住職、‘83年法隆寺執事、‘95年法起寺住職、‘99年聖徳宗管長・法隆寺住職、現在法隆寺管長を務める。

■お互いに思いやる慈悲社会

 平和を目指す上での大きな問題は、例えば英語で“PEACE”と言葉を交わし、それを互いに願望しても、そのPEACEは同じ認識かということです。例えば、9・11の米国同時多発テロのとき、メディアの多くは報復の正当性を全面に打ち出していました。私はそれを聞いて、彼らが考える平和と私が考える平和は違うと思いました。
報復することを断ち切らないと平和は訪れず、憎しみは永遠に連鎖反応を起こします。われわれ人間には煩悩があり、憎しみの鎖をなかなか断ち切ることができない。お釈迦さまも恨みは恨みによって止むことはない、恨みをやめてこそ止む、という意味のことをおっしゃっています。聖徳太子さまのご長男、山背大兄王の場合は、まさに人びとの苦しむ戦争を避けてきました。戦いに勝てば丈夫(勇者)といわれるけれども、身を捨てて国を固めることも丈夫と理解。この自分の身を捨てる(捨身)という文化は、おそらく飛鳥時代の早い時期に伝わり、当時、日本の仏教に関わる人びとの中でよく理解されてきた思想だと思われます。法隆寺にある玉虫厨子の題材には、左側に施身聞偈図、右側に捨身飼虎図が描かれています。どちらもお釈迦さまの前世の物語で、菩薩の行の中で捨身が説かれています。不惜身命という言葉にあるとおり、人びとのため仏道修行のためには身命も惜しまない。また別の文書には、なぜ菩薩は命を捨て得るのかというと、人の命はわが命なればこそ、と説かれています。皆がそんなふうに思えたら、世の中を変えることができると思うのです。平和のためには、自分が相手を知ろうと努力する慈しみ哀れみの社会、お互いに思いやる慈悲社会が必要です。しかし現実に考えると、今の社会では非常に困難であり、知らず知らずのうちに悪事をなしていることもあります。極端な例でいうと、道を歩いていて虫を踏むかもしれません。肉や魚だけでなく、野菜も命です。私たちは毎日、生活の中で他の命を頂戴して生きているのです。そのことをよく認識し、感謝の生活を送らなければならない。しかし聖徳太子さまは必ずしもそうしなさいとはいわず、その努力が尊いとおっしゃっているのです。

■日本で最初の文化遺産

 ところで法隆寺は、日本で最初の文化遺産として世界遺産に登録されました。世界遺産はUNESCOの条約であり、その使命は世界平和のために活用されることです。世界遺産のある地域の人びとが、共通の遺産である世界遺産を守ろうとする中で、自然に平和の心が育まれます。世界中に点々と世界遺産ができれば当然、世界中が平和になる。理想論ですが。世界遺産は900件を超えましたが、どんどん増えればいいと私は思っています。UNESCOの世界遺産の考え方と聖徳太子さまの考え方とは、基本的に同じであると思うからです。聖徳太子さまは大きな平和社会をつくるため、小さな平和社会をお寺という形でたくさんつくっていった。小さな寺という平和社会が点から面に広がり、お互いがお互いを励まし合い、高め合えば決して平和社会は夢じゃない。聖徳太子さまはそういう思いでお寺を建てられたのです。聖徳太子さまが病気のとき、推古天皇は使いを出され、望みごとを尋ねられました。そのとき聖徳太子さまが四つにまとめられた願いが「四節願文」として伝えられています。その前文で、住持の三宝が正しく機能すること以外に願うことはないとおっしゃっている。住持の三宝とは、仏像や塔のことを仏、経典が法、経典に基づいて修行する人が僧、その仏法僧が揃っているのが寺であり、この三宝が興隆して、命あるものが導かれ救われ、皆が安穏に暮らせる社会になってほしいということなのです。お寺をたくさん建てることによって、その願いが広がり平和な社会ができる。世界遺産も同じで、たくさん登録され、皆がその趣旨をきちっと理解し、世界中に広がっていけば、何もいわなくても平和になっていくのではないでしょうか。世界遺産を通じてお互いの文化を知り合うことが、平和に寄与するひとつの材料ともなるはずです。
最近私が皆さんにお願いしているのは、一生懸命いいことをしようと思い、できるだけ実行するということ。一日の終わりに悪と善とを比べたとき、ひとつでも善が悪よりプラスになるようがんばってください、それを近所の人に広げてください。そういう人が少しでも増えたら、世の中は必ずよくなると信じているのです。

※本内容は日本ユネスコ協会連盟の承諾のもと、転載しています。

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