第五回　真夏の都会の喧騒の中で、本当の静寂を 「山王美術館」

　魅力的なあの「藤田嗣治」の絵画と会った。その素晴らしさにひとり打ち震えながら呆然とその美術館の出口にたたずんだ。誰もいない、何ひとつ聞こえない静寂のなかで受けた感動や充実感、あたりに漂っていた良質の雰囲気などをしっかとつかんで離さない自分がそこにいることに気づいた。この美術館はなんだろう。地下鉄・近鉄・ＪＲの難波駅からわずか２〜３分程のところにある、この「山王美術館」とは一体なんなんだろう。

山王美術館 正面玄関　ホテルモントレ グラスミア 大阪の22階にあるこの「山王美術館」。今ちょうど『藤田嗣治展』等が開かれている （〜2011.9.19）。フランスに留学し画家達との交流で様々なことを吸収しながら、自由な芸術表現に刺激を受けている。日本で学んだアカデミックな絵画技法から解放され、やがて日本画の技法をも取り入れて洋の東西の文化・伝統をも超越しながら独自の芸術へと昇華させていった。作品は30歳のパリ初期に描かれた希少な風景画から自画像、婦人像や独特の雰囲気を持つ少女、そしてフランス国籍取得以降好んで描いた子供や母子像など70歳代の作品まで25点が並べられている。
　まず入口正面に構えた「自画像」がすごい。多くの自画像を描いているが、全体が上品な淡いピンクの世界に支配され、面相筆、墨や硯、油絵の木枠などと共に、おかっぱ頭の本人が猫と共に表現され、朱のベルトと深いグリーンのズボンが一層華やいだイメージを盛り上げている。おそらく、貴方もこの作品の前でたたずむことになる。また、「フジタの乳白色の肌」とよばれ、優雅で繊細な線描で表現された婦人像や裸婦の作品群はパリ画壇にて絶賛を浴びるに至ったが、「椅子に座る婦人像」がその雰囲気を伝えていて素晴らしい。流れに沿って歩みながら、画家「藤田嗣治」の意識とその描かれた作品の間に潜む心の変遷を思うほどに、胸が熱くなってゆく。そのかくも繊細な表現を目の当たりにした時、思わず描かれた細部を目で追いながら、なでまわすような愛着を感じてしまう。

夜空に映えるホテルの外観 　大都会の喧騒の中にあって、ただひとり静寂の中に酔いしれることの出来る貴重なスポット。この「山王美術館」の魅力は、なりふり構わず緊張できる喜び。そして展示された良質の作品群と高いレベルに保たれた芸術の匂いのなかで、魅力的な作品と向かい合い、無言で語り合いながら、ゆっくりと自らの心をほぐしてゆくことの楽しみ。大都会には孤独の群集のなかで萎える心あらば、ここには独り在ることの歓びや安息を本気で教えてくれる豊饒の場がある。なるほど、その空間にはカラクリもなければ魂胆もない。あるのは堰を切ったように流れ出る「感動」のほとばしり。おそらく館の意図される「芸術作品とのつかのまの邂逅により、心の琴線に触れる空間と時間」が遊び心のなかに隠されているのではないのだろうか。言い換えれば、このホテルが来館者に絶え間なく無言で提供し続けてきた“感動のコンシェルジュ”がここにある。

※館の方針で所蔵の作品群は貸与しておらず、「藤田嗣治」の作品群も展示期間中に館内においてのみ鑑賞が可能です。

※ミュージアムぐるっとパスを館入口にて購入(大人定価1,000円)すると、入場料(大人1,000円)が半額(大人500円)になります。しかも、春夏展と秋冬展の計２回分の半額割引券が添付されております。ご利用ください。