第十八回　フェルメール、それぞれの展覧会「フェルメールのあそび」

「フェルメール・光の王国展」　図録　　人気のあるオランダ画家ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」などの絵画が神戸市立博物館で展示されている（～2013.1.6）。三宮駅から続く雰囲気のある街並を胸ときめかせながら会場に向うファンとフェルメール観覧の感動に酔いながら興奮冷めやらぬ足取りで駅に戻る人達とがすれ違う。今、神戸の街はフェルメールの色に染まりながら秋から冬へと静かに時が流れている。
　つい先日、フェルメール好きの友人と昼食を共にした。この春、私の言葉に触発され上野・銀座・神戸まで出向きながら何度も作品と向い合い、ついに12月にはオランダまで足を運ぶことを決めたと言う。見学先にはアムステルダム国立美術館の「牛乳を注ぐ女」、ハーグ市立美術館（注１）の「デルフト眺望」等があった。しかも、フェルメール生誕の地デルフトにある「フェルメール・センター・デルフト」も見学予定だと言う。ちょうど今年１月に「フェルメール・センター・デルフト」のヘルマン・ワイエルス館長と３日間を共にする機会をいただき、京都や奈良の博物館・美術館や魅力的な社寺を廻った事を思い出す。
　その友と食事をとりながら「木村さん指摘の、あの面白い話をオランダで確認したいですね」と話された。面白い話とは、昨年７月から準備を始めた東京・銀座での「フェルメール光の王国展」の制作作業の中で気づいた話である。それは研究者や学芸員の立場ではなく、何回も何時間もフェルメールの絵をのぞき続けた制作ディレクターの立場で見つけたことであり、感じたことである。描かれた作品の実物大テストデータを隅から隅まで何度も確認しながら幾つもの驚きや発見に出会った。もちろん色調や光の表現や作品に登場する人物、装飾品、生活用品等に関することなどもあるが、それらはひとまず専門家にお任せして、ここでは３つの面白い話をしたい。

光の王国展　会場内のショップ　それは1650年代後半から60年代にかけての若きフェルメールの「真剣なあそび」ではなかったかと思う。その１つは20代後半の作品「牛乳を注ぐ女」（1658～1659）の窓ガラス。女性の左側の窓から射しこむ陽光が明るく壁を照らす。その窓ガラスの中段が１カ所割れている。その穴から漏れる陽光に女性の衣装が白く輝く。この割れガラスに皆さんは気づいただろうか。２つ目は光のなかで魅力溢れる表現の30代前半の作品「真珠の首飾りの少女」(1662～1965)である。少女が真っ直ぐに見つめる壁に掛かる鏡。その鏡のすぐ右側の窓の上の輝くカーテンのそばに球状の物体が見える。どうみても卵のようであり、この物体が何を意味しているのか。なぜそこにあるのか。気づいて以来頭から離れなかった。そんな折、偶然手にした書籍（シリ・ハストウェット著：フェルメールの受胎告知）の中のその物体に対する記述に遭遇し、驚きながらとりあえず納得した事がある。３つ目は遥か想像の域におよぶことだが、あの作品「デルフト眺望」（1659～1660）の中に登場する人達。一番手前の二人の女性の存在が気になった。二人の女性を手で覆うと画面全体のバランスが崩れ、作品の魅力が一気に損なわれる。それほど価値ある存在の二人の女性の左側のご婦人をどこかで見たような気がした。思えば、その数年前に描かれた「牛乳を注ぐ女」の画面に登場したあの女性である。フェルメールはおそらく、牛乳を注ぐ女性をもう一度小さな姿で登場させたことになる。あの服装と雰囲気はまぎれもなく、あの時を生活していたその女性の再登場であると思い込みながら私は作業を進めた。以来「デルフト眺望」に登場のその女性の前掛けが私の目の前で「牛乳を注ぐ女」のそれと同じウルトラマリンブルーに輝いて行く様を見てとった。ただ、「牛乳を注ぐ女」に登場したその女性をフェルメールは何年かけて、どのような道を歩ませながら「デルフト眺望」の運河のほとりにまで辿りつかせたのか、残念ながらあの時から350年ほどを経過した今では知るよしもない。
　展示のためのリ・クリエート作業を進めながら、見つめ続けた彼の絵画の中で幾つかの驚きの時を持った。これも全作品を原寸大で一挙に確認できたことによるところが大である。今でも銀座で展示（「フェルメール・光の王国展NO２」～2012.11.30）されているそれらの作品を見るたびに、30歳前後の若きフェルメールが制作途上で、時間を止めながら創りあげた魅力的な「あそび」や「いたずら」の表現があったように思えてならない。
（注１）「デルフト眺望」の絵画は、2012年現在 マウリッツハイス美術館が改装閉館中につき、ハーグ市立美術館にて展示公開中です。

「牛乳を注ぐ女」部分

「真珠の首飾りの少女」部分

「デルフト眺望」部分

人気の2013年版「フェルメール・カレンダー」（13枚綴り） 　定価2,100円
＊国立国際美術館、京都国立近代美術館、国立民族学博物館、兵庫県立美術館、ＢＢプラザ美術館、大阪市立美術館、和泉市久保惣記念美術館、大和文華館、松伯美術館、芦屋市立美術博物館 等にて好評販売中。