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歴史コラム

Presented by 歴史街道推進協議会歴史街道

第79回 歴史街道「奈良時代ゾーン」

飛鳥、藤原京時代が終わりを告げ、都が奈良・平城京へ遷って天平文化が華開いた。東大寺をはじめ南都七大寺など多くの寺院が建立され、正倉院の宝物など仏像、絵画、工芸品にも優れた遺産を残し、古事記、日本書紀などの史書も編さんされた。律令による国家制度、天皇制が確立した時代で貴族社会の基礎が形成され、藤原氏が勢力を伸ばしてきた。


東大寺と双璧をなした西大寺


西大寺東塔基壇

西大寺は南都七大寺のひとつと言われ、称徳天皇の勅願で天平神護元年(765)に創建された。31haと言う広大な寺域に金堂、四王堂、十一面堂、東西両塔など百十数の堂塔が建ち、東の東大寺に対する西の大寺院にふさわしい威容を誇っていた。
しかし、度重なる火災で多くの堂塔、仏像を失った。鎌倉時代に西大寺中興の祖と言われる叡尊が、諸堂を再建、寺運も興隆したが、その後も火災に見舞われて荒廃、寺域も減らされて衰退した。現在の建物は江戸時代に再建されたもので、高さ45mもあった東西の五重塔は今はなく、東塔の巨大な基壇が当時の威容をしのばせている。



四天王に踏まれる邪鬼(奈良時代)

西大寺の建物は火災で焼失したため、国宝、重要文化財指定のものはないが、仏像などには優れたものが残っている。金堂には本尊の釈迦如来立像、四王堂には十一面観音立像、四天王立像などがあり、いずれも国の重要文化財。四天王に踏みつけられている邪鬼は天平時代のもの。
西大寺と言えば大きな茶わんで抹茶を飲む大茶盛式が有名。国家安泰を祈願して茶を献じた中興の祖・叡尊ゆかりの茶儀で、4月と10月に行われていた。最近はこの大茶盛式が西大寺の名物になったので、30人以上の団体で予約すれば、希望の日に大きな茶わんでお茶をいただくことができる。


尼僧の修法道場法華寺


法華寺十一面観音立像(平安時代前期、国宝)

法華寺は光明皇后が聖武天皇や父・藤原不比等らの菩提を弔うため、父の邸宅を喜捨して天平時代に建立された。全国の国分尼寺を統括する総国分尼寺となり、今も門跡格の寺としての格式を持つ尼寺。当時は金堂、講堂、東西両塔など天平の大伽藍を持つ荘厳さを誇り、尼僧の修法道場として隆盛を極めていた。
しかし、平安遷都後に寺は衰退し、鎌倉時代に西大寺中興の祖・叡尊が再興した。その後、慶長年間に豊臣秀頼の母・淀君が堂塔の再建に力を貸し、現在残っている本堂、南門、鐘楼は、この時に再建された建物で国の重要文化財に指定されている。
国宝の本尊・木造十一面観音立像は光明皇后の姿を彫ったものと言われている。素地のままで彩色を用いず、わずかに頭髪に群青、ひとみに黒、唇に朱が塗られている。鋭い目つき、厚い唇、豊艶な体つきが特徴で、本体から台座までの一木造りの木彫で平安時代初期の傑作。秘仏のため春、秋の特別開扉の日以外は拝観できない。この像はインドの仏師が彫ったとの伝えもある。
境内の庭園は京都・仙洞御所の庭と通じるものがあると言われる名園。ほかに光明皇后が困窮者のために作った蒸し風呂の「から風呂」や皇后が最初に作ったと言われる土製の小さな犬は、安産のお守りとして人気がある。


喜光寺と菅原神社


阿弥陀如来座像(平安時代後期、重要文化財)

東大寺大仏殿とそっくりの本堂があるのが喜光寺。室町時代初期に再建されたものだが、創建当時の大仏殿の10分の1の大きさに造られた「試みの大仏殿」と言われており、国の重要文化財。
喜光寺は古くは菅原寺とも言われており、養老5年(721)元明天皇の勅願で行基が建立、元明、元正、聖武三天皇の勅願寺となった。聖武天皇が参詣したとき、本尊から不思議な光りが放たれたことから喜光寺と寺号を改めたと言う。



菅原神社

本尊の阿弥陀如来座像は、平安時代後期の様式の定朝様式を踏襲した寄木造りで、国の重要文化財。喜光寺を建立した行基は、晩年この寺で過ごし、塔頭の東南院で没した。境内に行基の墓と伝えられるものがある。
この付近は土師氏が住んでいたところで、菅原の姓を賜り菅原の里と呼ばれるようになった。喜光寺の北西に菅原道真を祭る菅原神社がある。道真の母の故郷で道真生誕の地と伝えられている。最近、近くの丘陵地帯から埴輪窯跡が発掘され、土師氏と関連のあるものか注目されている。


ならまち・奈良晒(さらし)


奈良町の古い町家

奈良町は元興寺を中心に発展した商業の町で、虫籠窓(むしこまど)や格子造りの町家が今も残っている。奈良町には、特産品の奈良晒を商う店が軒を並べていた。
奈良晒は奈良盆地の麻を原料にした織物で、武士や裕福な町人らの裃(かみしも)や礼服、夏の衣類として用いられていた。麻糸を使って織り上げた麻布は、淡い亜麻色をしており、これを水で晒して真っ白に仕上げる。この晒加工の技術が優れていたのが奈良晒。奈良晒の起源ははっきりしないが、鎌倉時代に寺院の僧尼の僧衣として使われるようになったようだ。
江戸時代に入り徳川家康が、奈良晒を幕府御用達品として保護したのと、武士、町人がぜいたくな衣類を求めるようになり生産は増大、元禄時代に最盛期を迎えた。明治維新で武士が没落し、奈良晒は大きな打撃を受け、生産は急激に減っていった。
現在は奈良市の東、月ヶ瀬村などでわずかに生産されている。創業が江戸時代後期の文政元年(1818)の奈良晒の商店・中川家は現在13代目。今も奈良町の古い町家に奈良晒の店「遊中川」を出し、手つむぎ、手織りの奈良晒から創作したのれんやネクタイ、スカーフなどを並べている。すべて手作業で織り上げられた奈良晒の風合いが、愛好家や観光客らの人気を集めている。
さらに「遊中川」の良さを「正しく伝える」ためには自分たちで直接お客様に届けなくてはならないという考えのもと、直営店出店を加速させSPA業態を確立。
「粋更kisara」「中川政七商店」という新しいブランドの立ち上げ、業界特化型のコンサルティング事業など「日本の伝統工芸を元気にする」べく業界の常識にとらわれない新しい展開を見せている。



歴史街道推進協議会 http://www.rekishikaido.gr.jp

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